SSブログ

呉大和ミュージアムに行ってきました(3)  [旅]

呉大和ミュージアムに行ってきましたシリーズ第3回でございます。
今日は戦艦大和以外の展示物について書いて行きます。


大和の模型の隣の部屋にはこういう展示物が並んでいます。
皆さん、「人間魚雷」っていう言葉をご存知ですか?
私は子供の頃、意味も良く判らないまま、子供同士がじゃれ合ってあそぶときに
後ろから友達の背中を押して、そのまま他の友達に無理矢理ぶつけて遊ぶときに
「人間魚雷~!」と言って遊んでいました。
大和ミュージーアムのもう一つの核心は、本物の「人間魚雷」の展示ではないかと
思います。

この展示パネルの説明を見てください。人間魚雷の説明が書いてあります。
パネルの説明の中に実戦投入されたのは「九三式酸素魚雷」を用いた一型のみ
と書いてあります。この九三式酸素魚雷というのは、どういう魚雷だったかというと
次のパネルに記載があります。

魚雷内に純粋な酸素を蓄積していて、それを使って燃料を燃やしてその燃焼力で
スクリューを回して推進力を得ていたという事の様です。
酸素と燃料を持っていて、それで推進する訳ですからまるで液体燃料ロケットです。

上の写真は九三式魚雷のスペックと推進力を得る部分の構造を説明したパネルです。
燃焼室があるのがお分かり頂けるでしょうか。

奥の方に2つ見えている魚雷が、左が九三式魚雷、右が人間魚雷「回天」です。

こちらは回天のクローズアップです。ちなみに、後方の赤色の頭部が見えているのが
九三式魚雷です。通常型の魚雷と比較しても回天が人間が乗るものとしては、いかに
小さいかがお分かり頂けるかと思います。
この小さな潜水艦とも言える魚雷の中に人間が入って操縦して、敵の艦船に体当たり
して言った訳です。所謂、特攻隊攻撃です。こういう特攻隊員はパネルにも書いてある
とおりたいていが若い人だった様で、展示室には特効直前に書いた手紙の実物なども
展示されていて、もうそういうものを見ると何かこみ上げてくるものがありました。


こちらは、一回り大きい「海龍」です。

海流の説明パネルはこちらです。

こちらは、後ろから見た「海龍」です。
説明パネルに書いてある様に海流は初めは、世界初の水中を飛ぶ飛行機
として開発されていたんですね。小さな羽がついていて、丁度ペンギンが
水の中を飛んでいる、あのイメージで開発されたものなんでしょうね。
でも終戦の頃にはやはり回天と同じく人間魚雷として使われた様です。
説明パネルに、この海龍は最後部にロケット弾の直撃を受けて沈没したと書いて
あります。そのとおり、最後部には大きな穴が開いているのが判ります。
でもその他の部分は、とても綺麗です。綺麗だなんて表現は相応しくないかも
しれませんが、なんだか役目を終えて静かに眠る戦士の様に思えて、綺麗という
思いを抱かせてくれます。丁度、天空の城ラピュタのロボット兵が苔に覆われて眠って
いるかの様です。

天空の城ラピュタ ラピュタのロボット

別の説明パネルに内部に人間がどの様に着座していたかが図示されています。
やはり相当狭い空間です。こんな狭い中に閉じこめられて、敵艦に向かっていった
若者の気持ちはどうたったのでしょうか。。。その子を送り出す両親の気持ちは
どうたったのでしょう。。。当時は狂気の世界だったとしか言いようがありません。
今は平和です。


他には零戦の実物が展示されています。

こちらは、そのエンジンです。星形14気筒1130馬力という化け物エンジンです。
今時のスーパーカーも真っ青のスペックです。しかも星形にシリンダーが並んで
いるんですよ~。まっ飛行機ならではの構造ですけど。。。

零戦の説明パネルも載せておきます。
乾燥重量590Kgですって、軽いですね~。軽自動車にF1のエンジンがついて
いる様なもんです。当時の運動性能が想像できます。

零戦の上からの写真を見ると面白いです。赤い文字で「ノルナ」と書いてあります。
でも一方で黒い文字で足形の中に「足踏」と書いてあります。これは展示の為に書いた
のではなく、当時からそう書いてあったのだと思います。零戦は、機体の多くの部分が
布でできていたらしいので、変なところを踏むと踏み抜いてしまうのでしょうね。。。
少し笑えました。



最後におまけの写真です。

今回の帰省中は天気も穏やかで明るい日が続いてまして、
今年は特に寒い冬だったにもかかわらず、冬の瀬戸内海がとても明るい海だという事を
再発見しました。空も海もこの明るさです。真冬にもかかわらずです。
故郷の海、ちょっと自慢です。
おしまい。


nice!(6)  コメント(8)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行・地域(旧テーマ)

nice! 6

コメント 8

ラブ

呉に、こういう博物館があることを、知りませんでした。
勉強になります。

瀬戸内は、明るい海ですよね。冬にいろいろな所へ移動
しますが、山陽道という表現がぴったりなように、瀬戸内
沿岸はおだやかな気候だと思います。
by ラブ (2006-01-07 08:54) 

Runa

素敵に紹介して下さって 嬉しいです。
それも 細部にわたっての 紹介で みなさん 行った気持ちに
なれると 思いました。
人間魚雷 特攻隊員の 遺書など 見ましたが 
若くこれからの若者の 写真の顔を 見てると 胸が痛く 
熱くなりました。
by Runa (2006-01-07 10:03) 

元山陽ちとせ

>ラブさん、こんにちは。コメント&ナイスありがとうございます。
やはりそう思われます?瀬戸内は明るい海ですよね。
子供の頃はあまりそう言う見方をしてませんでしたけど、
故郷から離れて永くなって、ふと故郷の海を見たらそう思ったんです。
ちなみに呉は以前は南海ホークスがキャンプ地に使っていたくらい
温暖なところなんですよ~。南面のみかん畑の斜面なんか、ほんとに
暖かいです。

>Runaさん、コメント&ナイスありがとうございます。
呉にいいところができましたよね~。今回行って良かったです。
できればもう少しじっくり見たかったです。
そう言えば、大和ミュージーアムの横の自衛隊側のところに
古い潜水艦を地上に上げて展示する計画があるらしく
その工事やってました。完成したら見に行きたいです。
Runaさん見に行かれましたらレポお願いしますね~
by 元山陽ちとせ (2006-01-07 12:33) 

nonkumi

Runaさんのおっしゃるとおり、行った気持ちになりました。山口県にも周南市の大津島に回天記念館があるんですけど、まだ行ってないんですよ。
by nonkumi (2006-01-07 18:19) 

やまちゃん

渾身のレポートに感動。じっくり読ませて頂きました。大和についても、回天についても書物や特集番組で何度も見ましたが、実際に見るときっと受け止め方が違うのでしょうね。何だかその場に立つと涙が出そう。大和の乗組員の遺書を雑誌で読んだことがありますが、それだけで何だか胸が苦しくなりました。せっかく近くに居るので早く行かなきゃ行けませんね。
by やまちゃん (2006-01-07 19:03) 

hanamizuki

改めまして、明けましておめでとうございます。
呉大和ミュージアム、行ったことがなかったので、じっくり拝見させていただきました。ありがとうございました。

瀬戸内海の写真、懐かしいです。
ここ数年、帰省しても瀬戸内海を見ていないので、この3月に帰省するときは、宮島に行こうかなと思っています。
瀬戸内海から離れると、あの穏やかなキラキラした水面が懐かしくて。
by hanamizuki (2006-01-07 22:39) 

元山陽ちとせ

>nomusan、いらっしゃいませ。
コメント&ナイスありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。
山口県にも回天記念館があるんですね~、知りませんでした。
大津島ですか。瀬戸内海には島部に色々な軍事施設があったんですね~。
竹原沖の大久野島には戦争中、毒ガス工場があって、その跡地や
ちょっとした子供の遊び場があって、小学校の頃に行きました。
子供心に大久野島は悲惨な感じが強く印象に残りました。

> miyuki_manak..さん、コメント&ナイスありがとうございます。
やはり、本物の実物を見るというのは違いますよ~。
大和は模型ですが、他は実物ですから感動も大きかったです。
是非行ってみてくださいね。

>hamanizukiさん、コメント&ナイスありがとうございます。
アイコンお正月らしくてナイスですね~
hanamizukiさんの帰省先は尾道でしたよね?
瀬戸の海の穏やかさとキラキラした感じが判って頂ける方が
沢山いて、嬉しいです。
by 元山陽ちとせ (2006-01-08 04:15) 

元山陽ちとせ

>fumilinさん、ナイスありがとうございます。
by 元山陽ちとせ (2006-01-13 02:48) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。